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大和ミュージアム【前編】

YAMATO MUSEUM 
大和ミュージアム
呉市海事歴史科学館


伝説の巨大戦艦があなたの目の前に!?

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2005年に公開された、映画『男たちの大和YAMATO』が空前の大ヒットをし、改めて戦艦【大和】の人気の高さを伺い知ることができた。その直後から本コーナーに、ある施設への特集記事をリクエストするお便りを多くいただくようになった。それが今回取材した【呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)】である。
 このミュージアムのある呉市は人口約25万人の中規模な都市ではあるが、中世、村上水軍が活躍していた時代には小早川水軍の基地となるなど、その歴史は古い。この街が脚光を浴びるようになったのは明治22年に海軍鎮守府が置かれ、日本海軍の重要拠点になったことからである。そして明治36年には、海軍工廠設立により日本有数の造船の街となった。戦後、軍港としての役割に終止符が打たれるが、現在は海上自衛隊の基地が置かれるなど、その繁栄は変わっていない。
 また、昭和26年には重要港湾の指定を受け、呉港の諸施設の復旧整備が進み、貿易港として生まれ変わった。今日の呉は鉄鋼・造船・機械などの臨海工場群を背景とした工業港として、また海上交通の要衝として重要な役割を果たしている。
 いわば日本の近代史は呉の歴史といってもいい。その近代化の礎となった造船、製鋼をはじめとした各種の科学技術を、先人の努力や工夫に触れながら、日本の歴史と平和への大切さを認識し、未来に対して勇気と希望を抱ける場所として、「呉らしい博物館」をコンセプトとして、平成17年4月23日にオープンしたのがこのミュージアムである。


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 まず、観覧者が最初に目を奪われるのが、ミュージアム野外に展示されてある戦艦【陸奥】の主砲身やスクリュープロペラ、舵などである。戦艦【陸奥】とは1921年に就役した日本海軍の軍艦で、その全長は224・9mにも及んだ。展示されているのは船体の一部ではあるが、当時としては最大級の41
cmもの大口径の主砲身やスクリュープロペラや舵など、戦艦の巨大さがかいま見える物であった。
 そして、建物に入るとこのミュージアムの象徴というべき物が展示されている。それが1/10の戦艦【大和】である。
 【大和】は、1941年に呉の工廠で建造された世界最大の戦艦である。全長263m、満載排水量72809t、最大射程距離4万2千mを誇った46
cm主砲塔を3基装備した空前の巨大戦艦であった。しかし1945年、日本の戦局悪化に伴い、【大和】は沖縄への特攻作戦に出撃することとなり、その航海の途中、九州南西沖海上の東シナ海にてアメリカ軍の航空隊386機に襲撃され、3056名の乗組員と共に深い眠りについたのである。
 この展示されている【大和】は1/10のスケールとはいえ全長26・3mもあり、学校などの25mプールより大きい。模型というよりは本物の船といった感じである。それもそのはず、この【大和】を造ったのは山本造船株式会社。つまり、本物の船を造る会社が2億1千万円をかけて製作したのだから精巧その物なのである。【大和】の象徴である46
cm主砲塔や、天に届かんばかりの前部艦橋、細かく再現された機銃群、よく見ると甲板を歩く人の姿まで見て取れる。また展示している【大和】は下からも見られるように工夫されている。そこからの眺めは、60年前の人々が見上げた伝説の巨大戦艦の姿をほうふつとさせるものであった。もちろん【大和】の15万3553馬力を支えた4つのスクリュープロペラも目の前で見ることができるのだ。
 ところで【大和】は最新鋭の航空機に負けた時代遅れの戦艦といわれているが、果たして本当にそうだったのだろうか?いや、決してそうではない。【大和】を造るための最新技術は呉をはじめとする多くの技術者たちに受け継がれ、戦後約10年で日本を世界一の造船国に押し上げ、今の豊かな日本の礎となったのである。
 そんな呉の人々の【大和】への深い誇りと尊敬の念がこの1/10の【大和】には込められているのである。




















陸上自衛隊 第一空挺団

戦場(日本の危機)
に真っ先に駆けつける
漢(おとこ)たち
最強こそが
精鋭無比を証明する!!


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力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。
力なき正義は反抗を受け、正義なき力は弾劾を受ける。
それゆえ正義を力を結合せねばならない。
バスカル


 皆さんは「大規模な敵が侵略してきたときに、最も頼りになる部隊は?」と聞かれて、真っ先にどんな部隊を思いつくだろうか?アメリカ陸軍の【デルタフォース】、イギリス陸軍の【SAS】、そして警視庁の【SAT】に代表されるような、特殊部隊を連想する方も多いだろう。確かに、テロ対策や人質救出など特殊任務に従事する彼らの能力は高い。しかし特性上、少数での隠密行動が原則の彼らにとって、大規模な侵略部隊に対し、正面から迎え撃つだけの対処能力はない。つまり巨大な敵を打ち負かすには特殊部隊に勝るとも劣らない攻撃力・機動力を有した正規部隊が必要となるわけである。そしてその部隊こそが、千葉県習志野駐屯地に本拠地を置く、陸上自衛隊 東部方面隊【第一空挺団】である。
 彼らの任務は上陸してきた敵部隊に対し、戦闘ヘリなど高度な機動力を駆使し、陸自のどの部隊よりも早く攻撃を仕掛け、撃破することにある。そんな、戦場を疾風のごとく駆け抜ける漢(おとこ)たちの訓練始めを一般公開したのが行われた【第一空挺団初降下訓練】である。一般公開といっても従来の基地祭とは違い、あくまで戦闘訓練。演習会場には司令官である額加防衛庁長官が臨席される中、緊迫した訓練が展開された。同部隊は団本部中隊、普通科群、特科大隊、落下傘準備中隊などからなり、隊員の7割以上が過酷で知られる空挺レンジャー資格を有している。その強さたるや、航空自衛隊 三沢基地警備隊を相手にした実戦形式の演習において、わずか30分で基地警備隊を制圧してしまったほど。まさに自他共に認める自衛隊最強部隊であり、人々は彼らのことを「精鋭無比」と呼び、その強さをたたえている。
 当日はあいにく、風速20キロ以上の強風が吹き、目玉の一つであるバラシュート部隊による降下訓練は中止になったものの、大型輸送ヘリ【CH‐47J】や戦闘ヘリ【UH‐60JA】から戦闘員や戦闘車両を降下させて敵陣地を制圧する訓練はまさに本番さながらの大迫力であった。
 現在、徴兵制を持たない我が国は、周辺敵国に対して、歩兵の数で圧倒敵に不利な立場に立たされている。そんな状況の中で数のハンデを質でカバーする【第一空挺団】。「精鋭無比」の言葉は、そんな漢(おとこ)たちの自信と誇りを示す言葉なのである。


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▲戦場に急行する第一空挺団戦闘ヘリ機動部隊

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▲戦闘ヘリ【UH-IH】の強行着陸をサポートする隊員たち

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▲主力となる普通科群の隊員たちが敵を撃破していく

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▲大型輸送ヘリ【CH-47J】により戦闘車両を投入される

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▲投入された戦闘車両により敵陣地を制圧

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▲投入された戦闘車両により敵陣地を制圧

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地上戦の主力である歩兵戦力で我が国は圧倒的な劣性に立たされている
























竹島は日本の領土である証拠

被害者づらして、侵略してくる野蛮国家の恐怖!
恥を知らない朝鮮人たちによ、国際的なルールを知るがいい!


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(画像はクリックすると大きくなります)


サンフランシスコ平和条約における竹島の扱い

1.1951(昭和26)年9月に署名されたサンフランシスコ平和条約は、日本による朝鮮の独立承認を規定するとともに、日本が放棄すべき地域として「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」と規定しました。

2.この部分に関する米英両国による草案内容を承知した韓国は、同年7月、梁(ヤン)駐米韓国大使からアチソン米国務長官宛の書簡を提出しました。その内容は、「我が政府は、第2条a項の『放棄する』という語を『(日本国が)朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、独島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を1945年8月9日に放棄したことを確認する。』に置き換えることを要望する。」というものでした。

3.この韓国側の意見書に対し、米国は、同年8月、ラスク極東担当国務次官補から梁大使への書簡をもって以下のとおり回答し、韓国側の主張を明確に否定しました。
 「・・・合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を(サンフランシスコ平和)条約がとるべきだとは思わない。ドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある。この島は、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない。・・・・」
 これらのやり取りを踏まえれば、竹島は我が国の領土であるということが肯定されていることは明らかです。

4.また、ヴァン・フリート大使の帰国報告にも、竹島は日本の領土であり、サンフランシスコ平和条約で放棄した島々には含まれていないというのが米国の結論であると記されています。



















中華民国空軍(台湾)戦闘機 F-CK-1経国

赤い帝国の侵略を阻むために作り出された
マルチロール戦闘機


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もともと中華民国はF−XにF−16を希望していたが、中華人民共和国の露骨な圧力にあい調達が困難となる。早い話、アメリカは民主主義の理想を守と言いながら、赤い汚れたお金に目が眩んだかたちだ。

そこで、開発されたのが「F-CK-1経国」。補給路を断つのが戦争の基本ではあるが、彼らはこのピンチをバネに自国での戦闘機開発能力を手に入れたのである。ちなみに、この成功に慌てたアメリカは手のひらを返しF−16の売り込みをかけたが、商談の主導権は中華民国側にあったことは言うまでもない。

F-22を断られ、F-35の順番待ちの一番後ろに並ばされ、自国の航空機産業を冷遇するどこかの国とはえらい違いである。



機体詳細データ(F-CK-1A)
寸法(L×W×H/翼面積) 14.48×8.53×不明m / 26.0m2
(全幅は翼端ミサイルを含む。全高はデータ無し)
機体重量(自重/全備) 5,500kg / 9,100kg
飛行速度(最大) M1.7
上昇率(海面上) 15,000m/min
上昇限度(実用) 16,000m
離着陸距離(離陸/着陸) 不明
航続距離 1,500km程度
エンジン ITEC社製 TFE1042-70ターボファン×2基
推力 4,200kg×2(A/B)
武装 20mmM61A1バルカン砲×1、翼端にAAM×2、翼下にAAM×4またはAGM×2、胴体下に増加燃料タンクを搭載可能
乗員数/機体初飛行 1名(A型)、2名(B型) / 1989年5月28日
備考(各タイプ詳細) F-CK-1A:単座型の呼称(102機)
F-CK-1B:複座型の呼称(28機)



















はやぶさ型ミサイル艇

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最近、また日本海で不審船騒ぎが起こりました。脱国者や工作員ではないとのことだが、民間人にしては不自然という一部報道も…。

さて、この不審船に対抗する海自の切り札が「はやぶさ型ミサイル艇」。

この艦艇が開発される切っ掛けとなったのが、1999年に起きた能登半島沖不審船事件。海自初の海上警備行動が発令され、舞鶴基地より護衛鑑「はるな」「みょうこう」「あぶくま」が出撃した。しかし、護衛鑑は高速艇を追うようにはできていない。その上、ROE(交戦規定)の曖昧な警備行動では目標に対し有効な対処をすることができなかった。

この苦い経験から防衛省技術研究本部は、ステルス性を考慮した船体にウォータージェット推進機(出力5,400馬力)を3基も装備した最新鋭の高速艇を完成させた。兵装は船首に目標の足を確実に止める62口径76ミリ単装砲。そして、注目すべきはSSM-1B(90式艦対艦誘導弾)を装備していること。これはアメリカのハープーンミサイルをも凌駕する最新ミサイル。つまり「はやぶさ」1艇で巨鑑を沈める性能を秘めているのである。

「はやぶさ」が完成したのが2002年。あの事件からわずか3年後のことであった。




















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●職業:コマンダー
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●資格;戦闘員検定2級合格

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