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大和ミュージアム【後編】

YAMATO MUSEUM 
大和ミュージアム
呉市海事歴史科学館


【大和】から【ヤマト】へ…
それは確かなメッセージ


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特殊潜航艇(後期量産型)海龍〈かいりゅう〉
【海龍】は世界初の有翼潜航艇で、水中をまるで飛行機のように進むことができた。呉海軍工廠で研究・開発され、後期量産期型には特攻兵器として【海龍】自体に爆弾が搭載された。

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人間魚雷(十型)回天〈かいてん〉
 【回天】には一型・二型・四型・十型などがあり、実戦投入されたのは【九三式酸素魚雷】を用いた一型で、約420基が製造された。

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大和級の主砲弾
【大和】の主砲弾は大きい物で全長1.98m、重さ1.46t。これを押し出すための火薬の量は330kgにも及んだ。
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零式艦上戦闘機 62型
 1940年に海軍の制式機として採用された【零式艦上戦闘機】はその運動性、装備、航続距離において世界最強の戦闘機であった。
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 「未来へ」のコーナーに展示してある『宇宙戦艦ヤマト』と、そのキャラクターの「アナライザー」。ヤマトに夢とロマンを託した名作で、今でも根強い人気の作品である。

 もちろん、このミュージアムには【大和】以外にも数多くの貴重な品々が展示してある。
 中でも大型資料展示室では太平洋戦争で使われた兵器が展示されている。特に、全長17・2mとさほど大きくない船体にもかかわらず、2発の魚雷を発射できた日本海軍の特殊潜航艇【海龍】の量産後期型や、人間が乗り込み操作する魚雷【回天】、そして一時は世界最強といわれた、日本海軍を代表する戦闘機【零式艦上戦闘機】など本物がズラリと並んでいる。
 また、人間の身の丈以上の大きさはあろうかという【大和】の主砲の砲弾は見る者のド肝を抜く。こんな巨大な鉄の塊で砲撃したのだから、その破壊力がすさまじかったのも当然である。しかも敵艦艇を狙う【九一式徹甲弾】や航空機を狙った【三式焼霰弾】など、敵によって砲弾の種類を変えて戦っていたのには驚かされるばかりだ。
 どれも素晴らしい技術力で造られた物ばかりである。しかし、【回天】をはじめとするこれらの兵器は【大和】も含め、特攻兵器としての運命を歩むこととなる…。立派に造られているだけに、展示品に携わった多くの人々の思いを考えると、改めて平和の大切さを考えさせられるものであった。
 このほかにも、戦艦【金剛】のボイラー室を再現した展示や、現在の【大和】がどのような状態かを潜水艇で調査した様子を展示しているコーナーなど、どれも興味深い物ばかりである。
 そして、最後の展示コーナー「未来へ」では、名誉館長の一人である松本零士氏の作品が紹介されている。特に代表作である『宇宙戦艦ヤマト』は、かつての戦艦【大和】が、未来の人類の危機に宇宙戦艦としてよみがえり人々を救うというSF作品で、このミュージアムの最後を飾るにふさわしい展示品であった。
 戦争は技術の向上もあるかもしれないが、大きな悲劇も生む。しかし人間は戦争以外でも、夢を見る力でも向上することができる。このミュージアムではそのことをメッセージとして未来に発信しているのである。






















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大和ミュージアム【前編】

YAMATO MUSEUM 
大和ミュージアム
呉市海事歴史科学館


伝説の巨大戦艦があなたの目の前に!?

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2005年に公開された、映画『男たちの大和YAMATO』が空前の大ヒットをし、改めて戦艦【大和】の人気の高さを伺い知ることができた。その直後から本コーナーに、ある施設への特集記事をリクエストするお便りを多くいただくようになった。それが今回取材した【呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)】である。
 このミュージアムのある呉市は人口約25万人の中規模な都市ではあるが、中世、村上水軍が活躍していた時代には小早川水軍の基地となるなど、その歴史は古い。この街が脚光を浴びるようになったのは明治22年に海軍鎮守府が置かれ、日本海軍の重要拠点になったことからである。そして明治36年には、海軍工廠設立により日本有数の造船の街となった。戦後、軍港としての役割に終止符が打たれるが、現在は海上自衛隊の基地が置かれるなど、その繁栄は変わっていない。
 また、昭和26年には重要港湾の指定を受け、呉港の諸施設の復旧整備が進み、貿易港として生まれ変わった。今日の呉は鉄鋼・造船・機械などの臨海工場群を背景とした工業港として、また海上交通の要衝として重要な役割を果たしている。
 いわば日本の近代史は呉の歴史といってもいい。その近代化の礎となった造船、製鋼をはじめとした各種の科学技術を、先人の努力や工夫に触れながら、日本の歴史と平和への大切さを認識し、未来に対して勇気と希望を抱ける場所として、「呉らしい博物館」をコンセプトとして、平成17年4月23日にオープンしたのがこのミュージアムである。


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 まず、観覧者が最初に目を奪われるのが、ミュージアム野外に展示されてある戦艦【陸奥】の主砲身やスクリュープロペラ、舵などである。戦艦【陸奥】とは1921年に就役した日本海軍の軍艦で、その全長は224・9mにも及んだ。展示されているのは船体の一部ではあるが、当時としては最大級の41
cmもの大口径の主砲身やスクリュープロペラや舵など、戦艦の巨大さがかいま見える物であった。
 そして、建物に入るとこのミュージアムの象徴というべき物が展示されている。それが1/10の戦艦【大和】である。
 【大和】は、1941年に呉の工廠で建造された世界最大の戦艦である。全長263m、満載排水量72809t、最大射程距離4万2千mを誇った46
cm主砲塔を3基装備した空前の巨大戦艦であった。しかし1945年、日本の戦局悪化に伴い、【大和】は沖縄への特攻作戦に出撃することとなり、その航海の途中、九州南西沖海上の東シナ海にてアメリカ軍の航空隊386機に襲撃され、3056名の乗組員と共に深い眠りについたのである。
 この展示されている【大和】は1/10のスケールとはいえ全長26・3mもあり、学校などの25mプールより大きい。模型というよりは本物の船といった感じである。それもそのはず、この【大和】を造ったのは山本造船株式会社。つまり、本物の船を造る会社が2億1千万円をかけて製作したのだから精巧その物なのである。【大和】の象徴である46
cm主砲塔や、天に届かんばかりの前部艦橋、細かく再現された機銃群、よく見ると甲板を歩く人の姿まで見て取れる。また展示している【大和】は下からも見られるように工夫されている。そこからの眺めは、60年前の人々が見上げた伝説の巨大戦艦の姿をほうふつとさせるものであった。もちろん【大和】の15万3553馬力を支えた4つのスクリュープロペラも目の前で見ることができるのだ。
 ところで【大和】は最新鋭の航空機に負けた時代遅れの戦艦といわれているが、果たして本当にそうだったのだろうか?いや、決してそうではない。【大和】を造るための最新技術は呉をはじめとする多くの技術者たちに受け継がれ、戦後約10年で日本を世界一の造船国に押し上げ、今の豊かな日本の礎となったのである。
 そんな呉の人々の【大和】への深い誇りと尊敬の念がこの1/10の【大和】には込められているのである。




















大日本帝国海軍 十九式局地戦闘機 秋水【後編】

今を(60年前)…
そして未来(げんざい)を守るために
漢(技術者)たちは見果てぬ夢に挑戦した


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十九式局地戦闘機 J8M1【秋水】
乗 員:1名 全 長:5.95メートル 全 幅:9.50メートル
翼面積:17.73メートル 最大速度:時速800キロメートル 上昇限度: 12,000メートル
航続時間:約4分 武 装:30ミリ機関砲×2 生産数: 実験機 5機

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▲【秋水(しゅうすい)】の心臓、当時最新鋭のKR10ロケットエンジン。

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▲【秋水(しゅうすい)】用のヘルメット。本当に宇宙に行くような装備である。

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▲メタノールを主とする燃料は金属の腐食性が強いため、陶磁器製タンクが使われていた

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▲30ミリ機関砲が2門装備されたが、これが敵に火を吹くことはなかった。

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▲この史料室には、【秋水(しゅうすい)】と並ぶ、もう一つの三菱の作り出した傑作機【零式艦上戦闘機(52型甲)】も展示され人気を博している。

この戦闘機は太平洋戦争末期の1944年、三菱重工の前身である三菱内燃機製造が開発した。当時、アメリカ軍の戦略爆撃機【B‐29】による超高々度爆撃は軍事施設のみならず、ジュネーブ条約で禁止されているはずの民間人への攻撃にまでおよび、もはや無差別殺戮の様相を呈していた。しかも、日本軍の高射砲などの武器では【B‐29】を撃墜することは難しく、高々度で戦える戦闘機が必要だったのである。
 そこで注目されたのがロケット技術であった。ロケットは理論上、酸素のない宇宙空間でも飛行可能で、酸素の薄い高々度でも出力が落ちることはない。この技術で戦闘機を作れば理想的な【B‐29】を迎撃する戦闘機となる。そうして完成したのがこの【秋水】である。しかも驚くべきことに、現代でも難しい技術を、わずか11か月で実験機を完成させるに至ったのだ。だがこの年、東海地方を襲った地震で【秋水】の研究所が全壊し、結局この戦闘機が実戦投入されることなく終戦を迎えてしまったのである。
 確かに、【秋水】は1機の敵機も撃墜することはなかった。では三菱の技術者たちは、無駄な物を作ったのであろうか?いや、決してそうではない。現在の宇宙開発をはじめとした技術力は常に世界をリードし、日本は経済大国へと発展した。60年前の技術者たちは、その技術屋魂で立派に現在の我々の豊かな生活を守り抜いてくれたのである。
































テーマ : 写真日記
ジャンル : 趣味・実用

大日本帝国海軍 十九式局地戦闘機 秋水【前編】

三菱重工業株式会社
名古屋航空宇宙システム製作所 小牧南工場 史料室


それは60年前の日本に存在したはるかなる未来
繰り返されたアメリカ【B‐29】による超高々度無差別爆撃は、罪もない人々の命をも奪い取っていった。もはやこの惨劇を止めるには奇跡しかないのか?ならば奇跡を起こすまで。これは奇跡を信じ不可能といわれたロケット戦闘機開発に命を懸けた技術者たちの熱き情熱と製作魂。

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 愛知県小牧市、日本の航空宇宙産業の聖地ともいうべきこの町に「三菱重工(株)名古屋航空宇宙システム製作所小牧南工場」がある。ここで作られている物は、日本の主力ロケット【H2‐A】や世界最強の戦闘機【F‐15J】など、世界でもトップクラスの重工業製品ばかりで、まさに技術大国日本を象徴する巨大企業である。
 
ここの史料室に平成13年から一般公開されているのが、旧日本海軍の秘密兵器、十九式局地戦闘機J8M1【秋水(しゅうすい)】だ。このプロペラのついていない機体を見て、「旧日本軍はジェット戦闘機を開発していたのか」と思う人もいるかもしれない。だが、ジェット機とは燃料と空気を燃焼させて推進力を得る物で、それゆえ必ず機体前面には空気を取り込むエアインテークが存在する。しかし、この機体をよく見てほしい。そのような物は一切存在しない。そう、これはジェット戦闘機などではない。それを越える超兵器、ロケット戦闘機なのである。


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