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竹島は日本の領土である証拠

被害者づらして、侵略してくる野蛮国家の恐怖!
恥を知らない朝鮮人たちによ、国際的なルールを知るがいい!


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(画像はクリックすると大きくなります)


サンフランシスコ平和条約における竹島の扱い

1.1951(昭和26)年9月に署名されたサンフランシスコ平和条約は、日本による朝鮮の独立承認を規定するとともに、日本が放棄すべき地域として「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」と規定しました。

2.この部分に関する米英両国による草案内容を承知した韓国は、同年7月、梁(ヤン)駐米韓国大使からアチソン米国務長官宛の書簡を提出しました。その内容は、「我が政府は、第2条a項の『放棄する』という語を『(日本国が)朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、独島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を1945年8月9日に放棄したことを確認する。』に置き換えることを要望する。」というものでした。

3.この韓国側の意見書に対し、米国は、同年8月、ラスク極東担当国務次官補から梁大使への書簡をもって以下のとおり回答し、韓国側の主張を明確に否定しました。
 「・・・合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を(サンフランシスコ平和)条約がとるべきだとは思わない。ドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある。この島は、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない。・・・・」
 これらのやり取りを踏まえれば、竹島は我が国の領土であるということが肯定されていることは明らかです。

4.また、ヴァン・フリート大使の帰国報告にも、竹島は日本の領土であり、サンフランシスコ平和条約で放棄した島々には含まれていないというのが米国の結論であると記されています。



















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中華民国空軍(台湾)戦闘機 F-CK-1経国

赤い帝国の侵略を阻むために作り出された
マルチロール戦闘機


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もともと中華民国はF−XにF−16を希望していたが、中華人民共和国の露骨な圧力にあい調達が困難となる。早い話、アメリカは民主主義の理想を守と言いながら、赤い汚れたお金に目が眩んだかたちだ。

そこで、開発されたのが「F-CK-1経国」。補給路を断つのが戦争の基本ではあるが、彼らはこのピンチをバネに自国での戦闘機開発能力を手に入れたのである。ちなみに、この成功に慌てたアメリカは手のひらを返しF−16の売り込みをかけたが、商談の主導権は中華民国側にあったことは言うまでもない。

F-22を断られ、F-35の順番待ちの一番後ろに並ばされ、自国の航空機産業を冷遇するどこかの国とはえらい違いである。



機体詳細データ(F-CK-1A)
寸法(L×W×H/翼面積) 14.48×8.53×不明m / 26.0m2
(全幅は翼端ミサイルを含む。全高はデータ無し)
機体重量(自重/全備) 5,500kg / 9,100kg
飛行速度(最大) M1.7
上昇率(海面上) 15,000m/min
上昇限度(実用) 16,000m
離着陸距離(離陸/着陸) 不明
航続距離 1,500km程度
エンジン ITEC社製 TFE1042-70ターボファン×2基
推力 4,200kg×2(A/B)
武装 20mmM61A1バルカン砲×1、翼端にAAM×2、翼下にAAM×4またはAGM×2、胴体下に増加燃料タンクを搭載可能
乗員数/機体初飛行 1名(A型)、2名(B型) / 1989年5月28日
備考(各タイプ詳細) F-CK-1A:単座型の呼称(102機)
F-CK-1B:複座型の呼称(28機)



















最北の国防 現在と過去

北海道稚内市にある2つの施設
ひとつは【防衛省 稚内分屯地】
そして、もうひとつは日本最北端、
宗谷岬にある【大岬旧海軍望楼跡】
これが最北を護る防人の現在と過去の要塞!!


【防衛省 稚内分屯地】
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航空自衛隊 第18警戒隊が運用しるレーダーサイト

稚内分屯地は、日本最北の自衛隊施設で防衛省情報本部・陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊が共同使用している防衛省施設のうち、陸上自衛隊における呼称であり、陸上自衛隊名寄駐屯地の分屯地、海上自衛隊の基地、航空自衛隊三沢基地の分屯基地である。

現在、陸上自衛隊の普通科部隊や海上自衛隊の護衛艦群などの実力部隊は配備されておらず、通信の傍受や宗谷海峡の監視を主な任務としている。最寄の演習場は、鬼志別演習場。共用ヘリポート(50m×20m)がある。分屯地司令は第301沿岸監視隊長が、分屯基地司令は第18警戒隊長が兼務している。

【駐屯部隊】
管理業務の一部(警備・給食等)は名寄駐屯地業務隊稚内管理班及び第301沿岸監視隊所属の陸上自衛官・技官が行っている。また、電気・給気は海自隊員も共同して実施している。

(情報本部電波部東千歳通信所)
稚内分遣班・・・ロシアの通信の傍受

〔陸上自衛隊〕
第301沿岸監視隊・・・宗谷海峡の監視
第439会計隊
第301基地通信中隊稚内派遣隊
名寄駐屯地業務隊稚内
管理班

〔海上自衛隊〕
大湊地方隊稚内基地分遣隊
稚内分屯地の基地管理・警備業務、稚内港の掃海や宗谷海峡警備業務のため寄港する艦船の受け入れを担当。稚内分屯基地において陸海空の各部隊長の序列では当該部隊長が最先任者となり自治体等との各種連絡業務でも自衛隊側の代表等の任を受ける。隊長は通勤時業務車1号を使用する(他の部隊長は徒歩での通勤)


〔航空自衛隊〕
第18警戒隊・・・稚内レーダーサイトの運用
作戦情報隊電波情報収集群



【大岬旧海軍望楼跡】
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【大岬旧海軍望楼跡】から見た宗谷海峡

大岬旧海軍望楼跡(おおみさききゅうかいぐんぼうろうあと)は、稚内市宗谷岬公園内に現存する、旧帝国海軍が1902年(明治35年)に国境の防備として建造した要塞。

1875年(明治8年)には、樺太と千島が交換され、宗谷周辺は国境となる。当時、帝政ロシアは樺太に軍備を進めるなど国交が悪化しており、1902年(明治35年)に旧帝国海軍により国境の防備として建造された。稚内市は数回にわたる大火で古い建造物を消失しており、大岬旧海軍望楼跡は、稚内市内で現存する唯一の明治時代の建築物[1]。当時最強と謳われたバルチック艦隊の動きを早期に察知する必要性から、重要な海上監視の任務が課せられていた。日露戦争の終結とともに要塞としての使命は終わったものの、1920年(大正9年)沿海州で勃発した尼港事件の際には無線通信基地として機能した。また、太平洋戦争では対潜水艦監視基地として機能した。




















日本に自衛隊がいてよかった 

「日本に自衛隊がいてよかった」
著:桜林美佐 産経新聞出版


本当に、良い本です。私は4ページ目で泣きそうになりました。
余談ですが、私の子供の頃は左翼教師が平気で教壇に上がり、平和教育と称して根拠の無い自衛隊バッシングを繰り返していました。それはほとんど妄執に近かったです。そんな方々は、今すぐこの本を読んでいろいろな人たちに謝ってもらいたい。私は自衛隊に予算をつけるためなら消費税アップも全然惜しくありません。


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【独身だから自分が原発に行きます】より
・普段、「イケメン」と評判の20代のメンバーも入っていた。上官が、なぜ手をあげたのか問うと、独身だから家族持ちの先輩ではなく、自分が行くほうがいいのだと答える。
「お前、平成生まれの顔しながら、思いっきり昭和してるな」
上官ナイス突っ込みです!!(><)

【一人原発に向かった指揮官】より
・午前の放水を終え、原発から20キロ離れたJヴィレッジにやっと戻った時、再度出動を求めっれたことがあった。2時間放水し、戻ってから全員が放射線の計測をする全行程で、約8時間は見込まなければならない。「まだ、線量も測ってないのに、行けねーよ!」若い隊員は思わず叫び、周囲の者も騒ぎ始めた。
その時、その場の指揮官が立ち上がったと思うと、防護服を着込んで出て行った。一人原発に向かったのだ。もう誰の迷いもなかった。「オレたちも行こう」自ら示した命懸けの姿に納得したのだ。
「指揮官は男らしいな、きっと九州男児だな」海自隊員が何気なく言った言葉に、1人の陸自隊員がハッとした。かって「自分は長崎出身の被爆二世だ」と教えてくれたことを思い出したのだ。誰より放射能の恐ろしさを知っているはずだ。
そんな思いが伝わったのだろうか、指揮官は独り言のように言った。

「大丈夫だ。無理はせんけん。させんけん」


【民間フェリーの心意気】より
「一刻も早く東北へ!」そう言って、いち早く出動したのは北海道の陸上自衛隊だった。多くの部隊は南下を始めたものの、実はすぐに被災現場にたどり着くことができなかった。津軽海峡を渡る手段がなかったからだ。
 海空自衛隊との統合運用により移動することが理想だが、東北の飛行場が使えなかったことや、海自の輸送艦は3隻しかなく、1隻が修理中、もう1隻が訓練で海外に向かっており、あと1隻は救援活動のために、どれも陸上自衛隊を乗せることはできなかった。
 3月11日、たまたま東京に出張で来ていたあるフェリー会社の担当部長は、ホテルで一晩中、対応に追われることとなった。震災直後の大津津波警報により、北海道付近を航行していたフェリーは全て沖合避難。安全が確保できた後に、人と車を降ろす措置がとられた。

そして、次に取り掛かったのは、災害派遣に役立つかだった。「私たちも国のために貢献させてください!」
防衛省に赴き、そう申し出たのは12日の早朝だった。いてもたってもいられず、夜明けを待ってホテルを飛び出したのだ。関西出身。阪神・淡路大震災で自宅が全壊した経験を持つ。「少しでも早く自衛隊に出てほしい」。自身の辛い経験を繰り返してほしくないという思いもあった。
陸上幕僚監部では一睡もせずに調整にあたっていたが、充血した目でやってきた彼のその姿は多いに励みになった。その心意気は、他のフェリー会社も同じだった。それから、怒濤のような手続きが始まった。まず航路の大幅な変更、そして荷役の人の手配、岸壁の確保、人員と燃料の混載許可などなど…。国交省への申請を要することが山ほどあり、煩雑な調整は各社が懸命にこなした。

「訓練していなければ、何をどうしたらいいか分からなかったでしょう」

陸自ではこうした事態も想定し、フェリー会社との輸送訓練を行っていたのだ。その経験が、今回の各社の冷静な行動に繋がった。高速料金割引や無料化政策でフェリー会社の体力は弱まり、廃船に追い込まれるなど「負け組」だといわれることもある。しかし、もし、彼らの存在と迅速な判断がなかったら、自衛隊の派遣はもっと遅れていたかもしれない。

























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